親戚のお爺さんは、みんなから「すやんちゃん」と呼ばれていました。
多分、末の兄ちゃんだったから「すえあんちゃん」からの「すやんちゃん」でしょう。
それは、幼児から老人まで全員から「すやんちゃん」呼ばわりされていたツワモノでした。
すやんちゃんは酔っぱらうと、よく話していました。
「見合いしたのはあいつの姉さんやったはずや。結婚式当日にやって来たのは妹の方やった」と……
どうも、奥さんの家族に騙されたらしいのです。当時は珍しいことではなかったようです。
ですから多分、それは紛れもない事実でしょう。
すやんちゃんにとっては、かなりのサプライズだっただろうと私は思いました。
そんなイワナガヒメ的な存在の妹との子どもは、三人です。一人はパイロットになりました。
優秀な息子さんです。
良かったです。
すやんちゃんは酒飲みです。
酔っぱらうと田んぼのあぜ道でそのまま寝てしまいます。
近所の人が、すやんちゃんを見つけると、筵《むしろ》を持ってきて、すやんちゃんにかぶせてくれます。
風邪を引いてはいけないからです。
酔っぱらった大人を家まで連れてくるのは大変です。
だから奥さんは、家の中で布団を一組片付けます。
家族ですら一晩放置する中、地域が彼を守る。
その存在は地域の人々にとって“なんとなく気にかけたくなる人”だったのだと思います。
小学生だった頃、テレビにすやんちゃんが映っているのを観たことがあります。
夕方のニュース番組です。
すやんちゃんと奥さんが屋根の上からヘリコプターで救助される映像がニュースで流れました。
大雨で堤防が決壊し、増水した川の水は、すやんちゃんの家の2階まできていました。
屋根の上で救助を待っていたすやんちゃん夫婦は、優秀な救助隊のおかげで生き延びました。
災害を乗り越えたすやんちゃんは強運の持ち主でした。
私はすやんちゃんに、鳥の話をされたのを思い出しました。
「鳥の羽根をむしるのに一度鍋で煮てからむしる。子どもの頃、それを見ていたから、俺は水炊きが食べられん。鳥がぐつぐつ鍋の中で煮えるあの匂いが気持ち悪うてたまらんかった」と。
すやんちゃんが残したその言葉は、私が水炊き恐怖症になった原因でもあります。
すやんちゃんは子どもにトラウマを植えつける人でした。
けれど、そんなすやんちゃんでも病気には勝てなかったようです。
私が中学生の頃、すやんちゃんは肝硬変で亡くなりました。
みんながすやんちゃんの最期を看取りました。
それはもう、たくさんの人達がすやんちゃんに会いに来て、悲しいけれど賑やかな最期でした。
そんなすやんちゃんを、私はおもろいおっさんとして認識していました。
お通夜ではみんながすやんちゃんの思い出話をして、とても楽しそうでした。
こんな風に、すやんちゃんの思い出は、笑いとともに、人生の機微や優しさも教えてくれます。
名もないおっさんが、地域に「物語のある風景」を生みました。
その影響は、これからも語り継がれそうです。
伝説となったすやんちゃんは、きっと幸せだったと思います。
だってなんやかんや言っても、みんながすやんちゃんを好きだったから。
私にとっては、いい加減な大人の代表のような人でした。けれどなぜか憎めない。
そんなすやんちゃんを、私も大好きでした。
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