だから門脇君は、ずっと私のそばにいる①

◆ だから門脇君は、ずっと私のそばにいる
◆ だから門脇君は、ずっと私のそばにいる

夏が始まる

『日本で一番暑いまち』として知られる埼玉県熊谷市に、私、伊藤明里(いとうあかり)は住んでいる。
百貨店前に設置された大温度計が、国内観測史上最高の41.1度を記録した。 うだるような暑さの中、隣の席の山田さんが下敷きで首筋を扇ぎながら話しかけてくる。
「明里って、汗かかなさそうだよね。」
「いや、普通にかくよ。」
まだ太陽は真上近くにあり、せめて日が落ちてから帰りたいなと、私は教室の窓から外を眺める。
「明里は色白だから、涼しそうに見えるんだよね。」
ソフトボール部の山田さんは日焼けしていて、健康的な肌をしている。
「部活してないし、あまり屋外に出ないからかな。」
中学までは陸上をやっていたから、肌はよく焼けていた。髪も短く切っていたせいで、男子に間違われることも少なくなかった。
「んじゃ、行くわ。」
「じゃね。」
友達が呼びに来たので、山田さんは私に手を振って帰っていった。
私は小学生の頃、陸上でジュニア選手に選ばれるほど足が速かった。小中と皆勤賞の健康優良児で、病気とは無縁。親からは「手のかからない子供だ」とよく言われていた。勉強も得意で、そこそこ頭が良かったので今は部活より勉強に力を注いでいる。
ふと、友人のことを思い出し、私は授業のノートを取り出した。 今日は彼女が学校を休んでいる。今日の授業のページをスマホで撮影し、すぐに彼女へ送信した。

しばらくすると入り口が騒がしくなり、サッカー部の佐々木くんたちが教室に入ってきた。
「おい、伊藤~!麗美ちゃん、今日はどうしたの?学校休み?」
佐々木くんは私を見つけると机のそばまでやってきた。 麗美櫻井麗美(さくらいれみ)は、私の幼馴染で親友だ。
「なんか、今日は学校休むって。親戚の法事らしいよ。」
いつも私と一緒にいる麗美が今日は見当たらない。それが気になったのだろう。
麗美は芸能界にいそうなくらい可愛らしい顔をしているが、極端な人見知りで性格も消極的で気が弱い。
「そーか、残念……癒やしが……俺らの癒やしが……。」
大げさに落ち込んだふりをする佐々木くんは麗美のファンでもある。どさくさに紛れて私に近づこうとするので、私は一歩後退り彼をするりとかわした。
麗美への男子たちの対応はいつも私が引き受けている。要領がいい私は、男たちの扱いも自然と身につけていた。
「明日、説明会で学校が休みだから、みんなで集まってどこか行こうって話してるんだ。麗美ちゃんも誘おうと思ったんだけど?」
誘うなら本人に直接聞いてほしいが今日は麗美が休みだから仕方がない。私が断るのもどうかと思うが……。まあ、麗美が行くことは間違いなくないので適当に返事をする。
「どうだろうねぇ?まだ帰ってきてないんじゃないかな?親戚は遠方らしいし。」
いつもの断り方、慣れたもんだ。
そんなやり取りを聞いていたのは、背の高い彼門脇稜太(かどわきりょうた)。 彼は硬派な雰囲気のイケメンで欧米人並みに体格が大きい。
「佐々木、お前本人に直接聞けよ。伊藤は麗美ちゃんのマネージャーじゃないんだから。」
門脇くんが横から話に入り、佐々木くんを軽くいさめてくれた。 見た目が強そうだから怖がられることも多い門脇くん。
彼とはあまり話したことがなくただのクラスメートという関係だが、たまに的確なツッコミを入れ、鋭いことを言うので、私は密かに「クールチョイス」と呼んでいる。
そんなやり取りをしていると、クラスでも一軍に属する桜ちゃんが話に入ってきた。 彼女は場の雰囲気を盛り上げるムードメーカー。美容に気を使い、いつもネットで流行をチェックしている。
「陽キャの極み」と言っても過言ではない。今日も バッチリ決まったヘアスタイルが見事だった。

「でも、あれだよねー。いつも麗美の『お断り』の返事を明里がしてるのは、どうかと思うなー。」
桜ちゃんはどこか不憫に思うような語調で話し出す。それを他人から言われるたびに、幼馴染として麗美が気の毒に感じる。彼女は顔が可愛いせいか女子たちから変な嫉妬の標的にされることが多い。
「麗美は恥ずかしがり屋なだけ。悪気はないよ。」
「そこがまた可愛いとこだよな。守ってあげたいっていう男心を刺激する……稜太! お前が話しかけたら、麗美ちゃん怖くて気絶しちゃうんじゃね?」
佐々木くんがデレた顔で門脇くんの腹を軽く突いた。
「門脇くんわぁ、背が高くて無口だからぁ、威圧感がハンパないしねー!」
桜ちゃんは笑いながら佐々木くんの話に乗っかる。 門脇くんをからかっているけど、実は彼らと絡んで会話を引き延ばしたいのだろう。桜ちゃんは場を盛り上げるために話を振るタイプの子だ。
「……いや、俺も必要な時は話すよ。必要じゃない時は聞いてるだけ。それだけ。」
門脇くんは特に気にした様子もなく、ひょうひょうと答え話にいったん区切りがついた。
「そかそか、それじゃ、私はこれにて失礼します。帰るね。」
ダラダラ話しているとなんだか悪口大会みたいになりそうなので、鞄を持ち席を立つ。
エアコンが効いている校舎を出ると外はむせ返るような暑さだった。梅雨が明け本格的な夏が始まろうとしていた。

なぜか佐々木くんと門脇くんも一緒に帰ることになり、私たちは校門まで三人で歩いていった。
なんだか気まずい。
ほぼ初めてと言っていい組み合わせだからか、会話もなく二人で無言のまま歩く。 当然といえば当然だけど居心地が悪いので、何か適当に話題を考えた。
「門脇くんって……自転車通学じゃなかった?」
彼は部活があるせいか登下校の姿を見かけることはあまりなかったが、確か自転車通学のはずだった。
「ああ。朝、チャリのタイヤがパンクしてたんだ。だから今日は歩きできた。」
「そっか……。」
……話が終わった。
まあ、無理して会話を続ける必要もないだろうと気を遣わないことにした。
そのまま商店街の道へ入ると、通りは人が多かった。門脇くんは体が大きいので、並んで歩くと通行人の邪魔になる。私は何となく後ろへ下がり自然と縦並びになった。
彼はラグビー部の選手で、ポジションはバックス/スリークォーターバックス(TB)。地味だがチームの土台となる重要な役割だ。
昔、熊谷が国体のラグビー会場になったことをきっかけに、この街ではラグビーが盛んになった。
ふと、門脇くんが後ろを振り返って言った。
「縦に並ぶと、入場行進みたいだな。」
私は彼の真後ろ、二歩ほどの距離を保って歩いていた。 同じ速度で一列になっているせいで、確かに体育祭の選手入場のようだった。
私は、ふふっと笑った。
「ん?」
門脇くんが眉を少し上げてこちらを見たので、何でもないと首を振った。
そういえば男子と一緒に帰るのは初めてかもしれない。ふとそんなことを思った。
女子高生なのに私は異性間の恋愛にあまり興味がない。クラスの女子たちは、何組の誰がかっこいいとか、誰と誰が付き合っているとか、ゴシップ話に夢中になっている。 けれど私は、そんなことには特に関心がなかった。
「好きな人が誰と話していた」とか、「誰かと一緒にいた」とか、 「私と同じ人を好きにならないで」なんてくだらない嫉妬そんな不確かな状況での感情に全く意味を感じなかった。
(あんたの片思いなんて、心底どうでもいい。)
そんな風に思ってしまうのだから恋愛とは縁が遠いのだろう。
「来週花火大会だな。一緒に行く人いないけど。」
突然門脇くんが話し出した。
「へぇ、そうなんだ。」
そういえば先日商店街には提灯がぶら下がり、そろそろ夏祭りの準備が始まっていた。この暑さは夜になっても続くから、わざわざ人混みに出かけてまで不快な暑さを味わう意味が分からないと思った。
門脇くんには花火大会に一緒に行く友達がたくさんいるはずなのに、なぜ「いない」なんて言うんだろう。
「一緒に行く?」
「……なんで?」
なぜ私が門脇くんと一緒に花火大会に行かなければならないのか。
「え、それ訊く?」

コメント