だから門脇君は、ずっと私のそばにいる⑩

◆ だから門脇君は、ずっと私のそばにいる
◆ だから門脇君は、ずっと私のそばにいる

最後の夜

私は最終日、少し奮発して夕食付きのホテルプランを予約していた。
紋別では夜に食事ができるレストランがほとんどなく、雪の中をタクシーで買い物に出るわけにもいかないと考えたからだ。
高級ホテルというわけではないが、温泉付きらしく少し楽しみにしていた。 部屋と館内は小綺麗で、広くはないものの十分にくつろげそうだ。
「なんか、食事が豪華なんだけど……カニ付きじゃん。」
「帰りの飛行機のチケットを安く手に入れることができたの。一万六千円だったよ」
「マジで? 半額じゃん!」
門脇くんは喜んだ。
「浮いたぶんでカニを付けたんだ。」
そう言うとかれは「なるほど」と納得したようだ。

「せっかくだからカニ食べたいし、カニ付きワクワクプランにした。」
「まぁ確かに食いたいな。ワクワク記念に写真撮っとこう。」
門脇くんは、並べられた贅沢な料理を前にテンションが高かった。 私とカニのツーショットも、たくさん撮ってくれた。
二人で今回の旅で撮った写真を見せ合いながら、「楽しかったね」と笑い合う。
本当に楽しかった。
もともとはおじいちゃんの散骨が目的だったけれど、もし一人だったら、きっと寂しい旅になっていたと思う。
誰かと一緒だから、「おいしいね」「綺麗だね」「寒いね」と、感想を言い合える。
「明日は紋別から飛行機だから、東京まですぐだよ。」
趣向が凝らされた料理を食べながら私がそう言うと「帰りたくなくなるな」と門脇くんが言った。
札幌から紋別に来るだけで4時間半もかかったのに、ここから羽田までは2時間もかからない。すぐにまた、いつも通りの日常が始まる。
私もまだ帰りたくないと思った。

ホテルには温泉大浴場があった。
部屋に戻ってから、二人で大浴場へ向かう。
門脇くんは先に上がったらしく、入口で漫画を読んで待っていた。 彼はたくさん並んでいる漫画本に、「スーパー銭湯みたいだぞ」と喜んでいた。
冷えた体を温め、生き返ったような気分で仲良く部屋へ戻る。
「露天風呂もあったな。 濡れた髪が外に出ると、一瞬で凍るんだな。 逆立てて遊んでる人がいたよ。サイヤ人ごっこして遊んでた。」
門脇くんが温泉の感想を楽しそうに話す。
「そして、お湯はヌルヌルだった。」
門脇くんも髪の毛を逆立てて遊んでいたのかな? なんだかんだ、楽しめたようでよかった。
「温泉なんだし、泉質がヌルヌルなのはいいんじゃない? 肌はツルツルになったよ。」
そう言いながら、手の甲を見せる。
床が滑りやすかったので歩くとき転ばないよう緊張した。 温泉のことは詳しくないけれど、肌がしっとりしたように感じる。こういうのが本物の温泉なんだなと実感した。
門脇くんは、私の手をじっと見つめる。
「……あまり、わからない。」
そう言って、少し照れたように目をそらした。
沈黙が流れる。
門脇くんは、そっと私の手を取って自分の方へ引き寄せた。
そして、抱きしめられた。

それは、一瞬の出来事なのに、私の中ではスローモーションのように流れていく。
門脇くんの体温を感じる。

窓の外は雪。
雨とは違って、音がしない。 とても静かだった。
室内から漏れる灯りに照らされて、ガラスに霧氷のように凍り付いている雪がキラキラと光った。

門脇君のたくましい腕が私を抱き寄せる。
「いい?」
門脇くんがそっと問いかける。 私は黙って頷いた。

紋別という名前の意味は、アイヌ語の「モペッ」(静かな川)からきているらしい。川がないのに静かな川と呼ばれるのは不思議だ。
昔はここに川が流れていたのだろうか。
ふと、そんなことを考えた。
私の体を首元までしっかりと布団で覆うと、門脇くんは優しく頭を撫でてくれた。
大きくて、ゆったりと流れる。まるで眠っているような静寂に包まれた大河を想像しながら、私はそっとまぶたを閉じた。

おはよう、除雪!
朝から除雪車の「ブヲォォン」という音で起こされた。
窓の外には海が見える。 そして、道路に積もった雪を除雪車が処理しているのが見える。除雪車は、深夜から早朝にかけて作業をしているらしく、雪国ならではの光景だなと思った。
「おはよう。」
門脇くんが、まだ眠そうな顔で挨拶する。
「おはよう。朝から除雪車の音で目が覚めるのも、雪国ならではだよね。」
「なんだそれ?」
門脇くんは笑った。私の元気な様子に門脇君は少し安心したようだった。
朝も二人で温泉に入ってから、着替えて朝食バイキングへ向かう。
朝食は種類豊富で、どれも美味しい。ホテルの経営は大丈夫なのかと心配してしまうほど、ホタテが豪華で大量に置いてあった。
「昨日あんなに食ったのに、朝から飯三杯はいける。」
「目の前でシェフがオムレツを焼いてくれたよ。すごい贅沢だよね。」
まるで子供のようにはしゃいでしまうが、旅の恥は掻き捨てともいうので問題ないだろう。
とはいえ、年齢的に自分たちはまだ子供だ。親はまさか男の子と一緒に旅行しているとは思っていないはずだ。

けれど私は、大人になった気分だった。

自分の好きなように、自分で決めて行動した。
今まで親の管理下で窮屈に生きてきた子供の世界から、少し抜け出した気がする。その達成感に、心が躍った。

その後、ホテルをチェックアウトし、昨日行けなかった流氷科学センターへ向かう。そこで流氷ワールドを体感した。
寝ても覚めても流氷。でも、それが意外と面白かった。
この水槽には、紋別の海から採取された「天使クリオネ」が500匹も泳いでいる。羽をはばたかせるように泳ぐ姿がなんともキュートだった。
厳寒体験室で、マイナス20度の世界を体感する。
濡れたタオルをぐるぐる振り回すと、あっという間にカチカチに凍りついた。 凍ったシャボン玉は、手のひらに乗せることもできる。
私たちはまるで校外学習のように楽しんだ。
本物の流氷とシロクマやアザラシの剥製が展示されているスペース。
氷漬けにされた魚の展示は、まるで芸術作品のようだった。 一種類ずつ、個別の氷に閉じ込められた魚が透明なクリスタルのような水槽に並んでいる。
でも、魚はすべて死んでいる。
そのシュールさに、思わず「なんだこれ?」と笑ってしまった。

オホーツクタワーやアザラシランドも、勢いに任せて観光した。
バスで約10分ほどの距離に紋別空港がある。 羽田への直通便が出ている、いわゆる「紋別タッチ」で有名な空港だ。
私たちはギリギリまで紋別を楽しんだ。
「流氷観測レーダー展示スペース、良かったな。また夏になったら紋別へ来たい。」
「……だね……。」
帰りの飛行機の中で、門脇くんの話を聞きながら私はいつの間にか眠ってしまった。

コメント