だから門脇君は、ずっと私のそばにいる⑩

現代小説

スープカレー

すすきののホテルは激戦区らしく、驚くほど安く泊まれる。 「先に荷物を預けて観光しよう」という話になった。

「ツインルームだから」

「え?」

門脇くんはギョッと目を見開いた。

「その方が安いし。二人で八千円だし」

「……わかった」

私も門脇くんも背が高く、一見大学生に見られる。 ツインルームでも、旅行で来たカップルに見えれば違和感はない。 ホテルの人にも何も言われないだろう。

ただ、門脇くんはどこか不服そうだった。 十代の男女が同室なのだから気になるのは分かる。 でも私は兄もいるし、特に気にしない。 門脇くんが変なことをするとは思っていない。

冬の北海道は日が暮れるのが早い。 あっという間に外は暗くなった。

「スープカレーの専門店に行くつもりなんだけど、いい?」

「ああ」

門脇くんの口数が少ない。 原因は――たぶんホテルの部屋だ。 シングルが満室だったのだから仕方ない。 贅沢は言っていられない。

スマホのマップを頼りに目的の店へ向かう。 行列ができる人気店だ。

夜のすすきのに一人で入る勇気はなかっただろう。 ある意味、門脇くんが一緒でよかった。

「……え、と、ここ、大丈夫?」

門脇くんが古びた雑居ビルを見上げながら言う。 少し――いや、かなり怪しい雰囲気だった。

「ネットで評判だし……おいしいらしいし」

外からは中の様子が見えず、木の扉は朽ちかけている。 正直、怖い。

門脇くんが先に扉を開け、私も意を決して続いた。ドアを開けると、目の前には階段。 エントランスらしいものはない。

「まさかの階段」

門脇くんはそう言いながら、ためらいもなく急な階段を上がっていく。

目当ての店は三階だとネットに書かれていた。 薄暗い階段を、門脇くんは迷いなく進む。

普段だったら絶対に入らない。 そう思いながら、私も後を追った。

***

外観に比べると、店内は意外と普通だった。 開店したばかりだからか客は少なかったが、その後続々と人が入ってきて、どうやら本当に人気店らしいと分かった。

メニューを見ながら、カレーのベースと辛さ、ご飯の量を選ぶ。

「門脇くんさ、私を襲うの?」

注文を終えたあと、私は口数の少ない門脇くんに訊いた。

「は? んな訳ないだろう」

「じゃ、別にツインでも良くない? ベッドは二つあるし、一泊四千円だし。 ここ、結構前に予約した部屋だから普段ならもっと高いはず。 めちゃくちゃ朝食がおいしいって評判だし、ポイント割も使ったし、クーポンも貰ったからお得だよ。 ほら、一泊で千円分ついてくるんだって」

そんな話をしていると、注文したカレーが運ばれてきた。 北海道らしい、豪快な具材がどんと乗っている。

「大きめ野菜って……じゃがいも丸ごと入ってるぞ。明里のカレーは?」

門脇くんのホルモンカレーは、なかなかの迫力だった。

「手羽、一本丸ごと入ってる。食べる? 煮込まれててホロホロで美味しいよ」

お昼は菓子パンだけだったので、二人とも空腹だった。 めちゃくちゃ美味しくて、食べ応えも抜群。 門脇くんも満足そうだった。

「どこか観光したい場所とかある? 一応日程表あるんだけど、LINEで送るから見て」

私は以前から何度も練っていた旅行の行程表を送った。 門脇くんはそれをじっくり読み込んでいる。

店内は大人の客ばかりで、あっという間に満席になった。 自分たちより後に来た客は「30分待ちです」と告げられている。 まだ6時なのに、サラリーマンたちはすでにお酒が入り、店内は賑やかだった。

「なぁ、これさ、紋別までバスで4時間以上かかるの? すげーな。北海道、デカすぎるだろ」

紋別行きのバスは予約済み。明日の早朝発だ。

正直、紋別は雪に覆われていて、流氷を見たら他に観光する場所はほとんどない。

「小樽の運河とか、博物館みたいな観光地には行けないんだけど、ごめんね」

観光したいと言っていた門脇くんに、時間がないことを謝った。

「藻岩山、山頂展望台に行きたい」

門脇くんが突然そう言った。

「なに? それ……夜景スポット?」

「そう」

彼は駅でもらった観光マップを広げる。

まさか、そんな恋人たちのスポットへ行きたいと言うとは思わなかった。 確かに明日は早朝発だから、札幌で観光できるのは今しかない。

私は即決した。

「OK。行こう」

札幌は“日本新三大夜景都市”。 見る価値はある。

門脇くんが封筒を差し出してきた。

「取り敢えず五万入ってるから、ここからいろいろ出してもらっていいか?」

私は頷き、自分の財布から同じ金額を出して封筒に入れた。

「二人の軍資金」

店を出ると、駅までの道がライトアップされていた。 ホワイトイルミネーション。 光と雪が織りなす、札幌らしい幻想的な景色。

初めて見る町並み、駅、お店。 すべてがキラキラ輝いている。

夜のすすきのは、十代の私にはとてもドラマティックで、夢の中のような世界に見えた。

人混みはすごかったが、門脇くんが大きいせいか、すれ違う人がみんな避けてくれる。 意外と便利だなと思った。

地下鉄に乗り、山頂まではロープウェイで向かった。

山頂展望台からは、札幌の街の夜景が360度広がっていた。 ほぼ全方位に光が散りばめられ、まるで宝石箱をひっくり返したような景色。 息を呑むほどの美しさだった。

けれど、山頂の寒さは想像以上。 外国人観光客やカップルも多かったが、屋外に長くいると凍えそうだった。

「すげ、綺麗だな……」

寒さをものともせず感動している門脇くんに、私は逆に感動した。

スマホで写真を撮ろうとする手がブルブル震える。 せっかくだから一緒に撮ろうと言って撮った写真は――真っ暗。

「あるだろう、夜景撮影専用のやつ」

「あるけど、もう寒すぎ、無理」

「貸せよ」

門脇くんが私のスマホを操作し、私と夜景を何枚も撮ってくれた。

「マフラー貸すから、ぐるぐる巻いといたら? 俺のこのフーマアウターは、フード付きでかなり暖かいぞ」

さすが、フーマだ。

「ありがとう」

私はマフラーを借り、首から頭にかけてぐるぐる巻いた。 200円のマフラーは、予想以上に暖かかった。

展望台には恋人たちの鐘や愛の南京錠などがあったが、二人とも関係ないのでスルーした。

「プラネタリウムがあるみたい」

山頂には小さなスターホールというプラネタリウムがあった。

「19時30分の上映に間に合う。観よう。てか、室内に入ろう」

二人で「MEGASTAR」という人工宇宙を見た。 光と光の境目が曖昧になり、星々が降り注ぐような空間。 その美しさに、私は思わず息を呑んだ。

上映後、カーテンが開くと、ガラス窓の向こうに札幌の星空と夜景が広がっていた。 まるでサプライズのような演出。

「うわっ」

思わず声が漏れた。

その夜、門脇くんが「どうしても札幌ラーメンが食べたい」と言うので、私はお腹がいっぱいだったが屋台へ向かった。

途中、深夜まで営業している大型ショッピングセンターがあった。 そこで門脇くんは下着と靴下を買い、ついでにお土産も揃えた。 「この先買い物の機会がないかもしれないから、今済ませて」と言っておいた。

そして時間を忘れて、二人で夜の札幌を満喫した。

結局、同室なのも気にする暇がないほど疲れ切り、ホテルに戻ると二人ともすぐに眠ってしまった。

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