京都、百万遍リセット①

現代小説

【プロローグ】

百万遍の交差点から、一本だけ、細く静かな路地が伸びている。

昼間であっても、そこはどこか影が濃い。
学生の笑い声も、信号を待つ車のエンジン音も、路地の入り口を越えた途端に薄れていく。
まるで別の膜を一枚くぐり抜けたような錯覚を覚える。
都会の喧騒から、ほんのひと息分だけ切り離された場所だった。

路地の奥で、古びた木の看板が風に揺れている。
長い年月を黙って受け止めてきたような、傷だらけの板だ。

――質屋・焔魔堂。

その名は確かに地図に記されている。
だが、地図アプリは決して正確な道を示さない。
案内されるままに歩けば歩くほど、なぜか同じ場所をぐるぐると回ることになる。
焔魔堂は、洛中にありながら、別の層へとわずかに沈み込んだ場所に存在しているようだった。

引き戸に手をかけると、控えめな鈴の音がひとつ鳴る。

店内には、時計、指輪、年季の入ったカメラ、学生が手放したらしい教科書まで、さまざまな品が整然と並んでいた。
どれも静かで、持ち主の記憶だけを置き去りにされたように見える。

奥のガラスケースの中に収められているのは、時代も来歴も定かでない品々だった。
名の知られぬ神の面。
封の切られていない手紙。光を拒むように、闇を吸い込む黒い石。

「いらっしゃい。今日はどんな“縁”を預けに来はったん」

店主の声は低く、落ち着いていた。
名を桂という。
姓なのか名なのかは、初対面では判別しづらい。

中性的な顔立ちに、長い睫毛。白い指先が、灯りの下でわずかに動く。

男とも女ともつかない雰囲気をまといながら、その瞳の奥には、焔魔堂という名にふさわしい、深く静かな熱が宿っていた。

そして、まだ知らない。

この質屋が、京都・百万遍の片隅で、
“見える世界”と“見えない世界”の境界に立っていることを。

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