凍えるような外気の中
重い袋を抱えて戻ってきた
タワマンの廊下
紹興酒はインポートマーケットで
手に入った
こんな無茶な願いを叶えられたんだから
きっと褒めてくれるだろう
達成感が私の気持ちを浮き立たせる。
オートロックを開け
リビングの扉を開けようとした瞬間
私の足は止まった
隙間から漏れてきたのは
聞き慣れた亮の友人たちの声だ
そして、話題は「私」のことだった
「それにしても、詩織ちゃん
あんなに健気に尽くしているのに、可哀想にね」
彼の友人が、半ばあきれたように笑う
心臓の鼓動が、急に速くなった
「本当だよな。亮、お前
あの子と結婚する気なんてないんだろう?」
頭の奥に激しい痛みが走った
私はドアノブを握ったまま
彼からの否定を待った
友人たちに「そんなことない」と
いつもの優しい声で言ってほしかった
けれど、聞こえてきたのは
鼻で笑うような亮の乾いた声だった
「……結婚? するわけないじゃん」
頭が真っ白になった
追い打ちをかけるように
商社で彼の同期の
浅倉 舞(あさくら まい)が亮の腕に絡みつく
彼女は華やかな世界に似合う
派手な今どきの女性だ
「便利なパシリとして
そばに置いてるだけだもんね
だって、亮はずっと私と付き合ってるんだもん」
女の勝ち誇ったような笑い声と
それを否定しない亮の沈黙
紹興酒の入った袋が
指がちぎれそうなほど重く感じた
洗礼された都会の エリート
キラキラ上流の
ハイソぶりたい人たち
25階の絶景は、ただ冷たかった
そして、血の気が引くほど下品だった
中の会話は続いていた
「あんなに甲斐甲斐しく働かされて
まるで無料の家政婦だな」
友人が、ニヤニヤしながらグラスを傾ける
「いや、家政婦以上に便利だろ
金がかからないし
文句一つ言わずに、酒まで買いに走るんだから」
別の友人が、あざ笑うように言葉を重ねた
私は、冷たい扉のこちら側で
指先を白くさせながら
ビニール袋の持ち手を握りしめる
「亮、お前も罪な男だよな
あの子、本気で来年には結婚できるって信じてるぜ」
「……信じさせておけばいいんだよ
その方が、飯も掃除も、
勝手にクオリティが上がるしな」
亮の冷酷な声
「確かに、従順が美徳って、昭和かよ」
「亮があんな地味な子と結婚するわけないな」
「俺のキャリアに何のメリットもない」
彼は、吐き捨てるようにそう言った
嗚咽が漏れそうになる口元を押さえて
私はその場にしゃがみこんだ
「確かに、国立でてるっていうけど
頭が良くても貧乏くささが抜けないのよね」
朝倉舞の甘ったるい声が、廊下にまで響く
「そうだな、詩織は
そこそこ顔のつくりはいいんだから
もっと努力をすべきだ」
「それを怠って女子力皆無って
ほんと笑える」
拒絶するどころか
亮の、満足げな笑い声が聞こえてきた
私の中で5年という歳月が
ガラガラと音を立てて、崩れ落ちていった。
もう、扉を開けて中へ戻ることはできなかった。
視界が、涙で激しく歪む
5年間、私が積み上げてきたものは
すべて、彼らにとっての「失笑の種」でしかなかった
感覚のなくなった手で
重い袋をドアの前に置いた
一刻も早く、この場所から消えてしまいたかった
私は、振り返ることなく部屋を出た
タワマンのエレベーターを降り
夜の街へと飛び出した
「亮……」
止まらない涙のせいで
きらびやかなイルミネーションも
街の明かりも、すべてが滲んで見えない
「……あんなクズ、いらないわ」
私は、なりふり構わず走り続けた
心臓が痛いのか、肺が苦しいのか
それさえも、分からないままに
冷たい夜の風が肌に吹き付け
心ごと切り裂いていく。
ビルの隙間からこぼれる光はどれも強く
色だけがやけに鮮やかだった



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