だから門脇君は、ずっと私のそばにいる⑬

だから門脇君は、ずっと私のそばにいる
だから門脇君は、ずっと私のそばにいる

静かな川のように

私は最終日、少し奮発して夕食付きのホテルプランを予約していた。 紋別では夜に食事ができるレストランがほとんどなく、雪の中をタクシーで買い物に出るのも現実的ではない。 だから、ホテルでゆっくり食べられるようにしておいた。

高級ホテルというわけではないが、温泉付きで、部屋も館内も小綺麗。 広くはないけれど、十分にくつろげそうだった。

「なんか、食事が豪華なんだけど……カニ付きじゃん」

「帰りの飛行機のチケット、安く取れたの。一万六千円だったよ」

「マジで? 半額じゃん!」

門脇くんは目を輝かせた。

「浮いたぶんでカニを付けたんだ」

そう言うと、彼は「なるほど」と納得したように頷いた。

「せっかくだからカニ食べたいし、“カニ付きワクワクプラン”にした」

「まぁ確かに食いたいな。ワクワク記念に写真撮っとこう」

並べられた贅沢な料理を前に、門脇くんはテンションが高い。 私とカニのツーショットも、たくさん撮ってくれた。

二人で今回の旅の写真を見せ合いながら、「楽しかったね」と笑い合う。

本当に楽しかった。

もともとはおじいちゃんの散骨が目的だった。 でも、一人だったらきっと寂しい旅になっていたと思う。

誰かと一緒だからこそ、 「おいしいね」 「綺麗だね」 「寒いね」 そんな当たり前の感想を言い合える。

「明日は紋別から飛行機だから、東京まですぐだよ」

私がそう言うと、門脇くんはぽつりと呟いた。

「帰りたくなくなるな」

札幌から紋別まで4時間半かかったのに、ここから羽田までは2時間もかからない。 すぐにまた、いつもの日常が始まる。

私も――まだ帰りたくないと思った。

ホテルには温泉大浴場があった。 部屋に戻ってから、二人で大浴場へ向かう。

門脇くんは先に上がったらしく、入口で漫画を読んで待っていた。 「スーパー銭湯みたいだぞ」と嬉しそうに言う。

冷えた体を温め、生き返ったような気分で部屋へ戻る。

「露天風呂もあったな。濡れた髪が外に出ると、一瞬で凍るんだな。 逆立てて遊んでる人がいたよ。サイヤ人ごっこしてた」

楽しそうに話す門脇くん。

「そして、お湯はヌルヌルだった」

門脇くんも髪を逆立てて遊んでいたのだろうか。 なんだかんだ、楽しめたようでよかった。

「温泉なんだし、泉質がヌルヌルなのはいいんじゃない? 肌はツルツルになったよ」

そう言って、手の甲を見せる。

床が滑りやすかったので、転ばないように歩くのが大変だった。 温泉のことは詳しくないけれど、肌がしっとりしたように感じる。 これが“本物の温泉”なんだと実感した。

門脇くんは、私の手をじっと見つめた。

「……あまり、わからない」

そう言って、少し照れたように目をそらす。

沈黙が流れた。

そして―― 門脇くんはそっと私の手を取り、自分の方へ引き寄せた。

抱きしめられた。

それは一瞬の出来事なのに、私の中ではスローモーションのように流れていく。 門脇くんの体温が、じんわりと伝わる。

窓の外は雪。 雨と違って、音がしない。 とても静かだった。

室内の灯りに照らされて、ガラスに霧氷のように凍りついた雪がキラキラと光っていた。

門脇くんのたくましい腕が、私をそっと抱き寄せる。

紋別という名前は、アイヌ語の「モペッ」(静かな川)からきているらしい。 川がないのに“静かな川”と呼ばれるのは不思議だ。 昔はここに川が流れていたのだろうか。

ふと、そんなことを考えた。

私の体を首元までしっかり布団で覆うと、門脇くんは優しく頭を撫でてくれた。

大きくて、ゆったりと流れる。 まるで眠っているような静寂の大河に包まれながら、私はそっとまぶたを閉じた。

 ***

おはよう、除雪。

朝から除雪車の「ブヲォォン」という重低音で目が覚めた。
窓の外には海が見え、道路では除雪車が雪を押しのけている。
深夜から早朝にかけて作業するらしく、雪国ならではの光景だと思った。

「おはよう」

まだ眠そうな顔で、門脇くんが挨拶する。

「おはよう。朝から除雪車の音で起きるのも、雪国ならではだよね」

「なんだそれ?」

門脇くんは笑った。
私が元気そうなのを見て、少し安心したようだった。

朝も二人で温泉に入り、着替えて朝食バイキングへ向かう。

種類が豊富で、どれも美味しい。
ホテルの経営が心配になるほど、ホタテが豪華に山盛りで並んでいた。

「昨日あんなに食ったのに、朝から飯三杯はいける」

「目の前でシェフがオムレツ焼いてくれたよ。すごい贅沢だよね」

まるで子どものようにはしゃいでしまうけれど、旅の恥はかき捨てだ。
とはいえ、年齢的にはまだ子ども。
親はまさか男の子と一緒に旅行しているとは思っていないだろう。

でも私は――
大人になった気分だった。

自分で決めて、自分の意思で行動した。
今まで親の管理下で窮屈に生きてきた世界から、少し抜け出したような気がした。
その達成感に、心が躍った。

チェックアウト後、昨日行けなかった流氷科学センターへ向かった。
そこで“流氷ワールド”を体感する。

寝ても覚めても流氷。
でも、それが意外と面白かった。

紋別の海から採取された「天使クリオネ」が500匹も泳ぐ水槽。
羽をはばたかせるように泳ぐ姿が、なんとも可愛い。

厳寒体験室では、マイナス20度の世界を体感した。
濡れたタオルを振り回すと、あっという間にカチカチに凍る。
凍ったシャボン玉は、手のひらに乗せることもできた。

まるで校外学習のように、二人ではしゃいだ。

本物の流氷や、シロクマ・アザラシの剥製が展示されているスペース。
氷漬けにされた魚の展示は、まるで芸術作品のようだった。
透明なクリスタルの中に閉じ込められた魚たち。

でも、魚は生きていない。

そのシュールさに、思わず苦笑いだった。

オホーツクタワーやアザラシランドも勢いで観光した。
バスで10分ほどの距離に紋別空港がある。
羽田への直通便が出ている、“紋別タッチ”で有名な空港だ。

私たちはギリギリまで紋別を楽しんだ。

「流氷観測レーダー展示スペース、良かったな。また夏になったら紋別へ来たい」

「……だね……」

帰りの飛行機の中で、門脇くんの話を聞きながら、私はいつの間にか眠ってしまった。

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