だから門脇君は、ずっと私のそばにいる⑮

だから門脇君は、ずっと私のそばにいる
だから門脇君は、ずっと私のそばにいる

カフェ

私は、麗美とカフェにいた。 麗美は「話を聞くまでは塾に行かない」と言って、頑なに席を動かなかった。

「私は、門脇くんと北海道へ行った。 でも、何もなかった。 だから、彼女の邪魔はしないし、これから門脇くんと私が付き合うこともない」

私はそう伝えた。

同じホテルに泊まったけれど、何もなかった――それは事実だ。

でも、自分の本当の気持ちは、絶対に誰にも言えない。

麗美は、二泊三日の旅行に二人で行ったことに驚いていた。

それはそうだ。

彼氏でもない男子と二人で泊まりの旅行なんて、普通はありえない。

「門脇くんが、勝手についてきたんだよね? それで、一緒に泊まったけど、明里に手を出さなかったってこと?」

「彼は、私が思いつめてるって感じて、ついてきたの。 家出とか、自殺とかするんじゃないかって思ったんだと思う。 おじいちゃんが亡くれたばかりだったし、介護してたことも知ってたから」

「じ、自殺って……」

麗美は首筋をぶるりと震わせた。

「でももし、明里がすごく思いつめた顔で、大荷物背負って駅にいたら……私もついて行ったかもしれない」

「門脇くんは、クラスメートが困ってたら放っておけない人みたいなの」

「……まあ、そう考えると不思議じゃないかも」

麗美は考え込んでいた。

確かに、北海道までついてくるのは普通じゃない。

でも、門脇くんの性格を知れば、説明はつく。

「でも、本当に何もなかったの? 同じ部屋に泊まったんだよね?」

「そういうんじゃないから。何もなかった。 私には兄がいるし、門脇くんは姉がいるし。 異性でも気にならなかったんじゃないかな」

無理がある。 自分でもそう思う。

でも、本当のことは絶対に言えない。

「それで帰りに、たまたま駅で彼女に会っちゃったってことね」

「そう。間が悪いことに鉢合わせたの」

麗美は顔をしかめた。

「それは気まずいね……。 でも、門脇くんは彼女に何て言ったんだろう? さっきの感じだと、『明里と付き合うから別れて』とか言ったのかな?」

「『私のカレを取らないで』って言われた」

「うわ……」

「でも私は付き合う気はないし、受験まで一年。 勉強頑張らなきゃいけない。 そんな時に彼氏なんて作ってられない」

「そうだね。ここまで頑張ってきたんだし、今さらチャラチャラ遊ぶのは違うよね。 今が一番大事な時だし……」

私たちは、高校生活のイベントをすべて勉強に捧げてきた。 麗美は同志のような存在だ。

だから、気持ちが分かり合える。

「うん。そう。 とりあえず、これから門脇くんと話すけど、この問題をだらだら続けたり、尾を引くようにはしたくない。 勉強にも差し障るし。 さっさとケリをつけるつもり」

「もう私には構わないでって言うから、麗美は心配しないで。 ごめんね、巻き込んで」

「いや、いいよ。全然大丈夫。 でも、あの彼女ちょっと怖かったから……これからも毎日一緒に帰ろうね。 なんかされたら嫌だし」

「ありがとう」

私は笑顔でお礼を言った。

「じゃあ私は塾行くけど、もし話し合いが拗れたらすぐ連絡してね。 私は明里の味方だから」

「ありがとう。頑張って」

少し歩くと、麗美が走って戻ってきた。

「い、今ね……恋バナしてたんじゃない? 私たち! すごい! 恋バナだよ!」

そう言って笑った。 そして、もう一度バイバイをした。

私たちは、これまで恋愛の話をしたことがなかった。 この年齢の女子なら当たり前にする話なのに、私たちは一度もしてこなかった。

門脇くんとの待ち合わせまで、あと少し。 一度家に戻るには中途半端だ。

私は教科書を取り出し、勉強しながら待つことにした。

麗美に話してよかった。

やっぱり、友達は大事だ。

なんだかすっきりした気分で、門脇くんと話ができそうだった。

勉強に集中していると、面倒なことをすべて忘れられる。

私は英単語をひたすら暗記していた。

***

いつの間にか、門脇くんがドリンクを持って私の前に座っていた。

「あ、ごめんね。集中してた」

「いや、待たせたな。悪かった」

少しの間、沈黙が落ちた。

「北海道から帰ってすぐに熱が出たの。 気温の変化に体がついていけなかったみたいで、風邪ひいちゃった」

「もう体調は戻った?」

私はうんと頷いた。

「LINEは返ってこないし、電話しても出てくれないから、俺かなりまいってたんだけど」

「うん。ごめんね……死んでたから」

「ただ体調が悪くて電話に出られなかったの? それとも他に理由がある?」

「特別な理由はないよ。 ただ、もう北海道のことは終わったことだから。 いい思い出として、心の中にしまっておきたいの」

「思い出?」

私は頷いた。

「これから受験生になる。私は勉強したい。 それ以外のことで気を散らしたくないの。 もう二年も終わるし、高三になったら予備校にも通う。時間がなくなる」

「私は……ヤングケアラーだったのかもしれない。 介護を手伝わざるをえない状況だった。 でも、その対価を親からもらうの。 大学に入ったら家を出て、一人暮らしして、自分の自由を満喫する」

門脇くんは続きを促すように、静かに聞いていた。

「もう、誰にも邪魔されたくないの」

自分で言っていて胸が痛んだ。

あんなに優しくしてくれた人に向かって「邪魔だ」なんて。 最低で、残酷な言葉だ。

「門脇くんにも目標があるでしょう。

私も同じ。今はそれに全力を尽くしたいの」

彼は何も言わなかった。

「ごめんなさい。 感謝してる。

一緒に北海道に来てくれて、嬉しかった」

私はできるだけ明るく笑ってみせた。

彼には、大切な彼女がいる。 紋別というあの場所が、二人の距離を近づけてしまった。

私は、門脇くんに好意を抱いてしまった。

終わりにするのは寂しい。

落ち込むかもしれない。 でも、時間が経てば元の生活に戻れるはず。

優しい人だから。 私に気を遣って、彼女と別れるなんて選択をしてほしくない。

門脇くんはアイスコーヒーを一口飲み、静かに言った。

「俺、ちゃんと言ってなかったけど……明里のことが好きだ。 彼女になってほしいと思ってる。 もちろん受験勉強は必要だし、両立は大変だと思う。 でも、俺の気持ちは変わらない」

胸が痛んだ。

「北海道についてきてくれたことは嬉しかった。 あの時は本当に楽しかった。 門脇くんのこと、大好きになったし……私も浮かれてた」

「ちょっと待って。今、結論を急いで出さなくていい。 ちゃんと考えてほしい。 ……返事は、この雰囲気だとダメなんだろ?」

「返事を待ってもらっても、同じだから」

「それって……やっぱ俺、振られるってこと?」

私は頷いた。

「ごめん。それと、真菜さんだっけ。 あの子にちゃんと伝えておいてほしい」

「……なんだよ。なんで真菜が出てくるんだよ。 あいつは関係ないだろ?」

「明里……お前、冷たいヤツだな。 邪魔だなんて、キツすぎるだろ、それ」

私はうんと頷いた。

「ごめんなさい」

静かに席を立つ。

真菜さんが「関係ない」なんて、そんなはずない。

でも、もう言い争いたくなかった。 喧嘩をしたいわけじゃない。

後ろは振り返らなかった。

静寂の大きな川が、私の中に流れ込んでくる。

すべてをさらっていく。

雪の紋別が、過去の思い出になった瞬間だった。

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