だから門脇君は、ずっと私のそばにいる⑦

現代小説

学園祭当日

麗美は準備をあまり手伝えなかったため、ずっと縁日の当番を任されていた。

本人も「申し訳ないから、私が当番やります」と自ら引き受けた。

そのあたり、彼女は見た目に反して男気がある。

文化祭の準備を手伝わなかったことで、女子たちから嫌味を言われるのは分かっている。

だから面倒でも、麗美は当番を買って出たのだろう。

進学校であるうちの学校では、塾で早く帰る子も多い。

本来ならそれだけで責められる理由にはならない。

けれど、可愛らしい見た目は嫉妬の的になりやすい。

馬鹿らしいけれど、世間はそういうものだ。

麗美はそれを理解していて、上手く立ち回ろうとしている。

「じゃ、巡回してくる。何か欲しいものがあったら買ってくるよ」

私が一緒にいると麗美が気を遣う。

だからそう言って教室を出た。

その辺のグループに混ざり、適当に時間を潰す。

体育倉庫の前では、ラグビー部が女装して踊っていた。

人気があるのか、たくさんの観客が集まっている。

舞台ではミニスカートの男たちが女子高生の前で足を上げ、流行りのダンスを披露していた。

なんとなく門脇くんを探すと―― ひとりだけ、なぜかゴリラの着ぐるみを着せられ、 首から「イケメン」と書かれた札を下げて踊らされていた。

女子たちはゴリラとの写真撮影を求めて列を作っている。

「ゴリラ、人気なのね。すごく暑そう」

「写真撮る?」

「いや、並んでまではいらないかな」

クラスメートの山田さんたちとその場を離れた。

「そういえば明里、ひったくり犯を門脇くんと一緒に捕まえたんだよね?」

山田さんが訊いてくる。

「そうだよ」

本当は捕まえてはいないけれど、何度も聞かれすぎて適当に答えた。

「あれから門脇くん、人気出て他校の生徒まで会いに来るらしいよ」

さっきのゴリラとのツーショットも、その影響なのだろう。

「へー、すごいね。私には誰も会いに来なかったけど」

そう言うと、みんな笑った。

実は私も何度か声をかけられた。 「ひったくり犯の事件のあの人ですよね?」みたいな感じで。 陸上部への勧誘もあった。

他校の女の子に「走る姿がかっこよかったです」と言われ、連絡先を聞かれたこともあったが、 知らない人だったので丁寧に断った。

出店でたこ焼きが売っていたので、麗美の分も買った。

タピオカミルクティーは余ったということで他のクラスからもらった。

私はたこ焼きを手土産にクラスへ戻った。

麗美は、客足が途絶えた教室でひとり後片付けをしていた。

時刻は三時。もうそろそろクラスの出し物は終了だ。

「わぁ、たこ焼きだ。ありがとう!」

麗美は嬉しそうに受け取った。

「一人?」

「うん」

「そか、一緒に食べよ」

「うん」

窓際の席に座り、二人でたこ焼きを食べた。

「外、すごく暑かったよ」

「外の出し物にしなくて良かったね」

教室にずっといた方が、ある意味快適だったかもしれない。

***

「あっ! 教室の片付けやってくれたんだー! ありがとう!」

桜ちゃんたちがクラスへ戻ってきた。 みんな部活や生徒会で忙しかったのだろう。

「外の係は大変だったよ」

「そうなんだね」

人によってやるべき仕事は違う。 ……けれど。

「教室は涼しくて良いね」

ん?

「麗美がほとんど一人で片付けしてくれたよ」

クラスの仕事を放置しておいて「良いね」はないだろう。 胸の奥が少しだけざらついた。

「そうなんだ〜、ありがとぉ」

その感情のこもっていない「ありがとう」が、妙に空虚に響いた。

帰宅部だから暇だと思われがちだが、私たちは率先して学級の仕事をしていた。

彼女たちだけが大変だったわけじゃない。

「これから皆で打ち上げ行こうって話になってるんだけど、明里たちはどうする?」

一応、誘ってくれているらしい。

「あ、でも……麗美ちゃん、塾だよね?」

形式上の誘いだ。 可愛い女子はこういう集まりに参加しない。

もし来たら男子の注目を集めてしまうから、彼女たちにとっては邪魔でしかない。

「明里は家が厳しいし、無理?」

いつから私の家が“厳しい設定”になったんだろう。

そもそも、まだ麗美は返事をしていない。

「明里ちゃん、行ってきたらいいよ」

麗美は気を遣ってそう言ってくれた。

「あぁ、私も家の用事で今日は無理だわ。ごめん、またの機会に」

私は明るく返事した。

「なら、いつにする?」

――おっと、空気読んでほしいタイミングでの門脇くんの発言。

私はすぐに立ち上がり、みんなのところへ行った。

「まぁ、みんなで楽しんできて! あとは片付けやっとくから!」

“ほら、早く行って”と背中を押す。

「えー麗美ちゃん、いつなら行けるのー!」

佐々木くんが男子たちに引っ張られながら叫んでいる。

「そうなんだ。じゃまたね! 片付けありがとうね!」

桜ちゃんは佐々木くんを引きずりながら手を振った。

「じゃあね!」

私は元気よく送り出し、ホッと息を吐いた。

麗美は私の家が介護で大変なことを知っている。 そして麗美自身も、彼女なりに苦労していた。

麗美の父親は医者。 娘も医者にしたいという考えから、幼い頃から英才教育を受けてきた。 しかし私立高校受験に失敗し、私と同じ公立へ。

偏差値は高いが、親は不服だったらしい。

大学受験で失敗するわけにはいかない。

だから麗美は毎日、決められたスケジュールで勉強させられている。

お互い、触れられたくない話題には触れなかった。

青春は家を出てからやればいい。 私も麗美も、大学に入ったら一人暮らしをしていいと言われていた。

だから―― ちゃんと勉強して、できるだけ家から遠い大学へ行きたい。

親に文句を言わせないほど偏差値の高い大学に合格してみせる。

そんな目標を掲げ、二人で頑張っていた。

麗美は、幼馴染であり、親友であり、同志だった。

「明里ちゃん、今日は遅くなってもいいって言ってなかった?」

「うん。でも、みんなと一緒だと気を遣うばっかりで楽しめそうにないかな」

ふふふ。 二人で笑った。

「今日、私、塾休もうかな」

「え?」

「今日は学園祭だし、『塾に行けないかも』って言ってきたから大丈夫。たまには休息が必要だもん」

多分、そんなこと親に言っていない。 私に時間があることを知って、気を遣ってくれているのだ。

「じゃあ……カラオケ行く?」

「みんなと鉢合わせは嫌だから、隣町まで行こうか」

「……行こうか」

二人で顔を見合わせ、笑った。 いつも良い子でいるのは疲れる。 親に対する、私たちなりの小さな反抗だった。

季節が進み

おじいちゃんの容態が悪化する寒さが厳しくなるにつれ、おじいちゃんの体調は悪化した。

立ち上がることが困難になり、ついには寝たきりに。

調子の良い日は減り、日中に目を開けている時間も短くなった。

それでも、食事のときスプーンを口元へ運ぶと、ゆっくり口を開けて飲み込んだ。

入れ歯の取り外し、口腔ケア、体を拭く作業、着替え、おむつ交換。 介護の負担は一気に増えた。

母は仕事を在宅ワークへ切り替えた。

デイサービスへ通うことも難しくなり、夜中に両親の声が聞こえた。

「明里に迷惑をかけてしまっている……」 「もう自宅で看るのは無理ね……」

その後、ケアマネジャーさんと相談し、施設への入所を決めた。 しかし待機者が多く、おじいちゃんは特別養護老人ホームの85番目だった。

母は仕事に加え、家事と介護で疲弊していた。 行政の支援も、同居家族がいると受けにくいらしい。

母が家で仕事をしている間、私は邪魔にならないようにおじいちゃんの世話をした。 できるだけ音を立てず、定期的に体の向きを変える。 そうしないと床ずれができてしまう。

母は私に申し訳なさそうにしていたが、思うようにいかない状況に次第にイライラしていた。

こんなことなら、母には会社で働いていてほしい。 家にいない方が、むしろ楽だと私は思った。

そして、その年の瀬におじいちゃんが死んだ。

口には出さないけれど、家族みんなが―― これで楽になれると思った。

親戚たちは「よく看てくれたね」「頑張ったね」と私に言ってくれた。

でも私は、何も言えなかった。

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