だから門脇君は、ずっと私のそばにいる⑧

現代小説

旅路

おじいちゃんが亡くなって、ひと月が過ぎた。

学校は改修工事のため特別休校となり、今日から三連休。

私はこの連休を利用して、どうしても行きたい場所があった。

その日のために準備をし、親にも許可をもらっていた。

最寄り駅の改札で、門脇くんに出会った。

「よう、どこに行くの? すげぇ荷物だな」

私は防寒具に身を固め、大きなリュックを背負っていた。

「……ちょっと……ね」

どこに行くかは言いたくない。

話せば長くなるし、話したくもなかった。

“察して”と願いながら、苦笑いして軽く手を挙げた。 「じゃあね」の意味。

そのまま改札を抜けた。

ふと後ろを振り返ると―― まさかの門脇くん。

彼は私について来ていた。

同じ電車に乗り、横の座席に座る。

車内はガラガラだった。

七席横並びのシートには、私とサラリーマンが両端に座り、真ん中は空席。 向かいのシートには誰もいない。 平日の昼下がり、乗客は少ない。

「知ってる? ガラ空きの車内で、わざわざ人のすぐ隣に座る人を、昔『トナラー』って呼んでたんだって」

「それって、知らない人同士の話だろ。友達同士でも言うの?」

くだらない質問は無視した。

どこまでついてくるつもりなのか知らないけれど、関わるのは面倒だ。

どうぞご自由に――そんな気持ちで放っておくことにした。

「おじいさん、残念だったな……。えっと、ご愁傷様です、とか……なんとか言うのかな」

「……まぁ、もう年だったし」

門脇くんはもともと話が上手なタイプではない。 遠慮がちに言葉を選んでいる姿が、少し気の毒だった。

電車がカーブに差しかかり、スピードが落ちた瞬間、私はバランスを崩して門脇くんの肩に寄りかかった。

ガッシリした体つきはラガーマンらしく、大人の男性のようだった。

駅に着き、私は電車を降りて羽田へ向かう路線に乗り換えた。

門脇くんがどこまで来るつもりなのか知らないけれど、さすがに最後まではついて来られない。

今、言っておいた方が親切だと思った。

「私、今から北海道へ行くけど、門脇くんはどこまでついてくるの?」

「北海道!?」

驚いた声が車内に響いた。

門脇くんはICカードで乗車している。

適当なところで折り返した方がいい。

「北海道か……一人で行くの?」

私は頷いた。

門脇くんは財布の中身を確認している。

「ちょっとコンビニ寄って金下ろせば、なんとか行けるかも」

冗談きついな。 私は目を丸くし、眉間にしわを寄せた。

「ははは、無理だよ。飛行機予約してないでしょ?」

「そっか、飛行機か」

門脇くんは考え込む。 どの便か尋ねられたので、どうせついて来られないだろうと思い、素直に教えた。

門脇くんはスマホでいろいろ調べ始めた。

***

私一人におじいちゃんの面倒を見させてしまったことを、申し訳なく思ったのだろう。

姉は十万円を「好きに使え」と渡してくれた。

兄は学生だからと財布から五千円を出し、「仕送りの分際で」と言いながらも、ありがたくくれた。

親戚の叔父さんも、お葬式のときにお小遣いをくれた。

そのお金を合わせれば――北海道まで行ける。

姉も兄も、家を出て何も手伝えなかったことを気にしていた。

私が介護のために陸上部に入らなかったことも知っている。

それをずっと申し訳なく思っていたらしい。

でも私は、そこまで部活に執着していたわけじゃない。

足は速かったけれど、大学へ行けるほどではなかったし、タイムも落ちてきていた。

潮時だと自分でも思っていた。

だから、別に良かった。 気にすることなんて、何もないのに。

門脇くんは羽田までついてきた。 けれど道中、お互い一言も話さなかった。

私のリュックの中には、二泊三日の着替えと――『おじいちゃん』が入っていた。

納骨前に、骨壺からほんの少しだけ遺骨を取り、ビニール袋に入れて持ってきた。

今回の北海道行きの目的は、おじいちゃんを故郷の海へ還すことだった。

空港には何度か来たことがあるが、いつも親と一緒だった。

最後に来たのは小学二年生の頃で、記憶も曖昧だ。

ちゃんと搭乗できるだろうか。

緊張しながら掲示板で便名を確認し、チェックインカウンターへ向かう。

気づけば、いつの間にか門脇くんの姿が消えていた。

空港で引き返したのだろう。 胸を撫で下ろした。

さすがに本当に飛行機に乗るとは思っていなかったし、帰ってくれて良かった。

知らない場所で家族も友人もいない。 迷子にはなれない。

自分の責任で、ちゃんとカウンターを探さなければならない。

空港は、未知の世界だった。

スマホで調べれば何でも分かるこの時代に感謝する。

『初めての飛行機の乗り方』を検索しておいて良かった。

荷物を預け、あとはスタッフの指示に従うだけ。

思ったより簡単だった。

かなり早く着いたので、空港を見学することにした。

飛行機が飛び立つところを見てみたい。

第二ターミナル五階・展望デッキ。

東京湾を目の前に、ベイエリアから千葉の湾岸まで一望できる。

眼下には滑走路が広がり、飛行機が次々と離発着していく。

せっかく空港まで来たのだから、門脇くんも飛行機を見てから帰ればよかったのに。 そう思うと、声をかけなかったことを少し後悔した。

時間になり、私は飛行機に乗り込んだ。

席に座ると、緊張がふっと解け、急激に眠気が襲ってきた。

そっと目を閉じる。

さよなら、本土。

北海道

「な、なんで?……バカなの?」

信じられない。 私は半分キレながら、新千歳空港の到着口からJRの改札へ向かっていた。

横には――なぜか門脇くん。

「いくら? いくら使ったの、飛行機代!」

「三万ちょいぐらい」

高校生の三万円は大金だ。

あきれて物も言えないとは、このことだ。

門脇くんは初めての北海道だから絶対に引き返さないと言う。

「せっかく北海道に来たんだから、観光とかしたいし、札幌ラーメンとか食いたいし、できれば蟹とかイクラも……」

「そんなの知らないわよ!」

「じゃあ、とりあえずよく分からないから、伊藤さんについて行く」

「どうやって帰るの? お金はあるの、帰りの飛行機代!」

「一応、お年玉貯金をだな……十万でなんとかする」

ほんっと信じられない。

まず、同じ便に空席があったことが奇跡だ。

普通は三万円のチケットを見た時点で引くだろうに。

なぜ買ったのか、本気で理解できない。

「何で?……何でついてきたの?」

「いや……なんかお前、あ、伊藤さん。悲愴感漂ってたし。なんかあったらまずいかなと思って」

「なんかって何? たとえ何かがあったとしても、門脇くんには関係ないでしょ? ここから私がダッシュしたら、門脇くんなんて簡単に巻けるからね!」

「おれ、50メートル5秒台で走る。逃げようと思っても無理だぞ」

タイムの話じゃない!

私は深呼吸し、神経を落ち着かせた。

冷静にならなければ。

門脇くんは理由はどうあれ、ついてきてしまった。 ここで怒っても仕方ないし、彼は帰らないと言っている。

ならば、選択肢はひとつ。

「親御さんに電話して、『日曜日に帰る』って伝えて。 もしダメなら、このまま飛行機に乗って東京へ帰ってください。 嫌だとは言わせない。未成年なんだからね。 親の了承が得られたら、一緒に来てもいい」

門脇くんは「おう」と頷いた。

「……贅沢な旅行ではないけど、一応北海道まで来たんだから楽しまなきゃ損だから」

彼は私を心配してついてきたのだ。

駅で出会ってしまったのが運の尽きで、自分にも責任がある。

門脇くんはLINEで親に連絡しているようだった。

しばらくしてスマホの画面をこちらに向ける。

「日曜帰るのね了解!」

その文字が表示されていた。

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