だから門脇君は、ずっと私のそばにいる⑥

現代小説

学園祭の準備

高校の学園祭では、各クラスが出し物や劇、模擬店などを企画する。

毎年のことだが、この時ばかりはクラス全員が協力し、絆を深める時間だ。

私のクラスは縁日をやることになった。

射的、ダーツ、ボールプール宝探し、モグラたたき、輪投げ、ミニボーリング……。

さまざまな案が出される中、私はミニボーリング係になった。佐々木くんも一緒だ。

ボーリングのピンと玉は安いお店でおもちゃを購入。

あとはダンボールでレーンを作るだけ。

私はダンボールにカッターで線を入れ、折り曲げていく作業をしていた。

「明里、けっこう器用だな」

「こういうの得意かもしれない……。ってか、いつから明里って呼び捨て? いつも伊藤って呼んでなかった?」

「え、じゃあ俺のこともケンちゃんって呼んでいいぞ」

佐々木くんは、手より口のほうがよく動くタイプだ。

「断る」

返事が早すぎる、と言って佐々木くんが笑う。

「俺が折り曲げていくから、明里がカッターで線つけていって」

「ってか、なんでボーリング係は二人だけなの?」

「ボーリングは景品もボールも買ったやつだから、仕事が楽で二人だけになったんだって」

「じゃあ、打ち上げも二人で行くの?」

「なんで私が佐々木と二人で行かねばならぬ」

「照れんなよ」

痛っ。

気づけば、カッターで指を切っていた。

おしゃべりに気を取られて注意が散漫になっていたと反省する。

佐々木くんは私の怪我に気づいていない。

大した傷ではないので、絆創膏を貼れば問題ないだろう。

私は手洗い場へ向かおうと立ち上がった。

「どしたの?」

「お手洗い」

そう言った瞬間――

「伊藤、手、怪我しただろ。ちょっと見せて」

何も言っていないのに、奥にいた門脇くんが走ってきた。 私の手を取って傷口を確認し、保健室へ行くかと尋ねてくる。

「え! あかりん、怪我したの?」

佐々木くんも駆け寄ってきて、いつの間にか「あかりん」呼びになっている。

「健、お前がカッター係やれよ。女子にやらせるな、危ないだろ!」

門脇くんはそう言って佐々木くんを責めると、私の腕を引いて保健室へ連れて行こうとする。

「大丈夫。私がどんくさかっただけだから」

保健室くらい自分で行ける。 遠慮してみたけれど、門脇くんは無言でどんどん歩いていく。 仕方なく従うことにした。

「女なんだから、傷が残ったらダメだろ」

「……指だし、別に」

突然“女扱い”されたことに、少し驚き、なんだか照れくさかった。

***

学園祭の準備も追い込みに入り、気づけばもう六時を過ぎていた。

たかがミニボーリングなのに、クオリティにこだわりすぎたせいで帰りが遅くなった。

デイサービスのお迎えの時間に間に合わないかもしれない。

焦りながらカバンをつかみ、教室を飛び出した。

「家の用事に間に合わない。ごめん、帰る!」

そう叫んだ瞬間、門脇くんが声をかけてきた。

「チャリ使うか?」

「お願い、貸して!」

「分かった」

一緒に自転車置き場まで走ってくれた。

私が飛び乗ると、背中に向かって「後で家に取りに行くから!」と声が響いた。

デイサービスは日中、おじいちゃんを預かってくれる施設だ。

お風呂と昼ご飯を済ませ、夕方には家まで送り届けてくれる。

でも、家の鍵が閉まっているから、誰かが迎えに出ないと送迎の人が困ってしまう。

私は必死で自転車をこいだ。

家の前にはすでにデイサービスの車が停まっていたが、ギリギリ間に合った。

「大丈夫ですよ」

スタッフさんは優しく笑ってくれた。

私は何度も謝りながら、おじいちゃんを迎え入れた。

おじいちゃんはパーキンソン病の中でも最も重いレベル、ヤールⅤ。

私は両手を握り、後ろ向きで一歩ずつ玄関へ誘導する。

鍵を開け、電気をつけ、いったん座らせて靴を脱がせる。

おじいちゃんは、何をするにも普通の人の六倍の時間がかかる。

急かすと嫌がるので、ゆっくり付き合うしかない。

そして突然、動きが止まることがある。

まるで、ねじ巻き時計の振り子が止まったみたいに。

歩行器はパーキンソン病の人専用で、急な動きを防ぐためのブレーキ機能がついている。

重たいが、毎回デイサービスへ持って行き、帰宅後にまた家の中へ運び込まなければならない。

その作業をしていると――

「……大変だな」

振り返ると、門脇くんが立っていた。

自転車を返しに来て、そのまま様子を見ていたらしい。

彼は無言で歩行器を持ち上げ、家の中へ運んでくれた。

おじいちゃんをベッドに寝かせたあと、私は通りまで門脇くんを見送った。

「ありがとう。間に合わないかと思ったけど、自転車貸してくれたから助かった」

「あぁ、別に……」

門脇くんは、何か言いたげだった。

でも私は、介護のことを詳しく話すつもりはなかった。

聞かれたいとも思わなかった。

「じゃあ、気をつけて」

そう言って、私は走って家へ戻った。

その夜、おじいちゃんは北海道の話をたくさんしていた。

紋別港で砕氷船『ガリンコ号』に乗って働いていた頃の話を、楽しそうに。

私は、そんなおじいちゃんを見て苛立った。

今日、私は同級生に恥ずかしいところを見られた。 それが自分のせいだとは、ちっとも思っていないおじいちゃんに、無性に腹が立った。

最近よく聞く“ヤングケアラー”という言葉。

私は自分がそうだとは思われたくなかった。

ただデイサービスのお迎えをしているだけ。 それくらいだから、大変なんかじゃない。

貧乏でもない。 親がいないわけでもない。

虐待されているわけでもない。

ただ――高校生なのに家族の介護をしている。

それだけで、他人から不憫に思われるのが嫌だった。

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