だから門脇君は、ずっと私のそばにいる③

現代小説

門脇稜太

「おお! 女子の体育! 麗美ちゃんいる?」

トラックを走る女子をぼんやり眺めていたら、佐々木健(ささきけん)が横から声をかけてきた。 健は俺の友人で、いい奴だが少しお調子者だ。クラスで一番可愛いと噂されている櫻井麗美(さくらいれみ)に熱を上げているが、残念ながら相手にされていない。

「……あれ誰だっけ?」

「誰? どれ? ショートカットの子?」

俺はフォームの整った、背のすらっとした女子を指さした。

「え、あのスタイルいい子? 伊藤だよ。伊藤明里。中学同じじゃなかった?」

「いや、違うな」

二年に上がって文理でクラス替えがあったから、一年のときは別のクラスだったのだろう。 初めて見る顔だった。

「何、気になるの?」

「いや別に。ただ、すげえフォーム綺麗だなと思って」

彼女の走る姿は妙に板についていて、見惚れるほどだった。

「話したことあるよ。中学までは陸上やってたって。今は部活やってないはず。麗美ちゃんの親友」

「勿体ないな。綺麗なのに」

あんなに完璧なフォームで走れるのに帰宅部とは、続けていればいいところまで行けたかもしれないのに――そんな惜しさがあった。

「確かに伊藤は美人だよな。でもさ、俺、絶対身長超されてそうだ。股下とか確実に負けてるわ」

フォームの話をしていたはずだが、まあ、否定するほどでもない。

それから、なんとなく彼女を目で追うようになった。 前下がりのショートボブがよく似合っていて、授業中、落ちてきた前髪を耳にかける仕草が妙に目を引く。

伊藤は色白で肌が綺麗だ。 顔立ちは派手ではないが、俺の好みだった。 さっぱりしていてクセのない性格は、同性からも好かれているように見えた。

俺は話しかけられれば普通に話すし、女子を意識して挙動不審になるタイプでもない。 ただ、体がデカいせいで、女子に限らず知らない人からは怖がられる。

だから、用事もないのに伊藤に話しかけることはできなかった。

俺の身長は、小学六年の時点で170センチを超えていた。 町を歩けば高校生に間違われ、やんちゃな中高生に喧嘩を吹っかけられ、そのたびにボコボコにされる小学生だった。

中学に入ると、このままではやられっぱなしだと気づき、鍛えるために柔道部へ入部した。 少しでも強くなりたい一心で、部活動に打ち込んだ。

その努力は実を結び、全国大会でベスト4に入るほどの実力を身につけた。

この高校は進学校で柔道部がなかった。 なんとなく先輩に誘われてラグビー部へ入り、プレースタイルを変えることにした。

俺はどちらかというとサポート気質だ。 ラグビーはチームプレーの競技で、協調性が重要。 メンバーとの信頼関係を築き、自分の役割を全うすることを大事にしている。

***

伊藤と二人で帰ることになった。

朝、チャリのタイヤがパンクしているのに気づいたときは、運が悪いとしか思わなかった。遅刻が頭をよぎり、最悪の一日の始まりだとさえ思った。 けれど今となっては、チャリに感謝しかない。 この偶然がなければ、伊藤と並んで帰るなんてこと、きっとなかった。

彼女は誰とでも分け隔てなく話せるタイプで、道中も気を遣っていろいろ話題を振ってくれた。 けれど、基本無口な俺は、訊かれたことに答えるだけで精一杯だった。 こういうとき、気の利いた一言でも言えればいいのに。日頃の無頓着さを呪った。

明日は平日だけど学校が休みになる特別な日で、部活もない。 「どっか行こうか?」と誘うべきか――そんな考えが頭をよぎる。 でもさっき、佐々木が麗美ちゃんを誘って、伊藤はあっさり断っていた。 明日誘うのは、やめておいた方がいいだろう。

そんなことを考えていたら、気づけば俺たちは一列になって歩いていた。

そのとき、商店に貼られた夏祭りのポスターが目に入った。

(そうだ、もうすぐ夏祭りだ)

胸の奥が、わずかに熱くなる。 これなら、自然に誘えるかもしれない。

「来週、花火大会だな。俺、一緒に行く人いないけど」

毎年、夏祭りの締めくくりには恒例の花火が上がる。 “行く人がいない”なんて言い方は、わざとらしかったかもしれない。 ボッチ感が出すぎて、キモくなかっただろうか……。

「そうなんだ」

あっさり返された。 いや、彼女は祭りに興味がなさそうだし、当然か。

「一緒に行く?」

「……なんで?」

決死の覚悟で誘ったのに、この返しは想定外だった。 二人の間に、短い沈黙が落ちる。

「……え、それ聞く?」

胸の奥が、じわりと熱くなる。 恥ずかしさなのか、焦りなのか、自分でもよく分からない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました