箒
男子たちが掃除中にふざけて、部室棟の屋根へ箒を投げた。 それがトタン屋根に引っかかり、落ちてこなくなってしまった。
数人で何とか取ろうと試みていたが、どう頑張っても届かない。
「稜太、肩車してくれ!」 「マジかよ川崎、お前何キロだよ……いけるかな」
門脇くんよりは痩せているだろうが、川崎くんは70キロはありそうだった。 私はその様子を一階の廊下から眺めていた。
そうこうしているうちにチャイムが鳴り、箒は屋根の上に取り残されたまま。 男子たちは「放課後また来て取ろうぜ」と言い合っていたが、あれは確実に忘れられるだろう。
(後で脚立でも持ってきて私が取ろうかな)
そんなことを考えながら、放課後、日直だった麗美を教室で待っていた。
「何かあるの?」
窓の外を見ていた私に、麗美が声をかける。
「あそこの屋根の上に箒が乗ってるでしょ? あれ取ろうかなと思って」
「誰かいたずらして乗っけちゃったんだね」
麗美はくすくす笑った。
「脚立ってどこだっけ?」
「用務員さんに聞けば分かるかも。一緒に行こうか」
先生に聞くと理由を詰問されそうだったので、用務員室へ向かった。 しかし今日は不在らしく、鍵が閉まっていた。
「仕方ないね。とりあえず現場行ってみよっか」
「石とか投げてみる?」
麗美が屋根から柄だけ飛び出した箒を見ながら言う。
「当たっても落ちてこないと思う……」
私は何度かジャンプしてみたが、身長170センチ近い私でも届かなかった。
「しょうがないね」 「そうだね、諦めようか」
二人で教室へ戻ろうとしたとき、後ろから佐々木くんと門脇くんがやってきた。
「お、箒チャレンジしてくれてたの? 麗美ちゃん、ありがとね。優しいね、女神だね」
麗美は私の背中に隠れ、「いいえ……」と小さく答えた。
「届かないだろ?」
門脇くんが私に言う。
「うん、無理っぽい」
「伊藤、お前、背何センチ?」
佐々木くんが横に立って尋ねる。
「170ちょっと足りないくらい」
「よっしゃー! 肩車するから取ってくれ!」
佐々木くんはしゃがみ、肩に乗れとジェスチャーする。
「え、嫌だ……なんでよ」
スカートで肩車なんて、嫌に決まっている。
すると門脇くんがつかつかと歩み寄り、そのまま佐々木くんの頭にまたがった。
「ちょ、稜太! やめろ、無理だろ、逆だろ!」
無理やり肩に乗ろうとする門脇くんと、必死に拒否する佐々木くん。 その光景がおかしくて、思わず笑いそうになる。
「大丈夫だ、多分いける」
その“多分”が一番信用ならない。
二人はふざけながら言い合い、麗美は驚いた顔で見つめていた。
結局、門脇くんが佐々木くんを肩車し、ホウキ救出作戦は成功した。
「わるい、ありがとな」
門脇くんは私たちに礼を言い、そのまま部活へ戻っていった。
「門脇くんって、ひったくり犯を一緒に捕まえた人だよね?」
麗美が訊ねるので、私は頷いた。
「門脇くんって、女子に話しかけるタイプの人だったんだ……」
麗美は少し意外そうだった。
「そう? 確かに強面だから女子に恐れられてるよね。強そうでしょ? ゴリラって呼ばれてるって本人が言ってた」
「わかるかも。シャバーニっぽいもん」
「シャバーニって何?」
「イケメンゴリラで有名なゴリラ。子どもの頃テレビに出てたよ」
「へぇ、そうなんだ」
イケメンだからゴリラなのか、強面だからゴリラなのか―― 呼んだ人にしか分からないな、と私は思った。
***
日直が一緒になり、門脇くんが話しかけてきた。 そういえば、ひったくり事件以来、彼とまともに話していなかった。
「あれからどう? SNSで晒されたから周りうるさくなかった?」
「そうだね。今は落ち着いたかな。近所のおばちゃんに褒められたよ」
門脇くんは「俺も似たようなもんだった」と笑った。
笑うと、意外とかわいらしい顔になる。 強面で近寄りがたいイメージがあったけれど、こうして笑っていると、ずっと話しやすいのにと思った。
「陸上やってたんだよな?」
「うん。中学までは陸部だった。今は受験のために帰宅部」
「ああ。頭いいもんな、伊藤」
確かに私は頭がいい。麗美には敵わないけれど、クラスでは上位だ。
「そんなことないよ、とは言わない。門脇くん、数学で赤点取ってたもんね」
「マジか、知ってんのかよ。でも、あれから俺は数学に目覚めた。今はちゃんと勉強してる」
ハハハと笑いながら、日誌を書き終えた。
そのとき、彼が少しだけ真面目な声で言った。
「あのさ、うち酒屋なんだけど、福引の景品で映画のチケットがあるんだ。よかったら一緒に行かない?」
「……なんで?」
「え……」
なんで私が門脇くんと映画に行かなきゃいけないのだろう。 確か、テニス部の後輩と付き合っていたはずだ。
「あ、もしかしてスプラッター系? ホラー?」
彼女が苦手なのかと思った。
「いや、アクションだけど、人気あるやつらしいから」
「そうなんだ。それなら佐々木くん誘いなよ。男の人、そういうの好きでしょ?」
「ああ、そうだよな」
「でも、誘ってくれてありがとう」
一応、お礼は言っておいた。 アクションが苦手な彼女なのかもしれない。
「この間のひったくり事件、伊藤がいなければ逃げ切れなかったし、あの時の礼もしたい。俺は伊藤さんと行きたいんだけど……伊藤さんが良ければだけど」
ああ、そういうことか。
女子高生あるあるだけど、ただ話しただけで「彼氏を取った」とか言われるこのご時世、そんな面倒は嫌だ。 余計な誤解を生むような行動は避けたい。
「私は良くないかな。時間がないんだよね、ごめんね」
バタン、と机に突っ伏し、わざとらしくショックを表す門脇くん。
「お互い様だし。お礼とか必要なくない?」
「まぁ、そうなんだけど……」
「気を遣ってくれてありがとう。アクション、楽しんできてね」
佐々木くんはアクション映画が好きそうだ。
「……俺が嫌いとか、キモいとか、そういうんじゃないよな」
「……なんで?」
彼の声が、ほんの少しだけ不機嫌そうに聞こえた。

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