旅路
おじいちゃんが亡くなって、ひと月が過ぎた。
学校は改修工事のため特別休校となり、今日から三連休。
私はこの連休を利用して、どうしても行きたい場所があった。
その日のために準備をし、親にも許可をもらっていた。
最寄り駅の改札で、門脇くんに出会った。
「よう、どこに行くの? すげぇ荷物だな」
私は防寒具に身を固め、大きなリュックを背負っていた。
「……ちょっと……ね」
どこに行くかは言いたくない。
話せば長くなるし、話したくもなかった。
“察して”と願いながら、苦笑いして軽く手を挙げた。 「じゃあね」の意味。
そのまま改札を抜けた。
ふと後ろを振り返ると―― まさかの門脇くん。
彼は私について来ていた。
同じ電車に乗り、横の座席に座る。
車内はガラガラだった。
七席横並びのシートには、私とサラリーマンが両端に座り、真ん中は空席。 向かいのシートには誰もいない。 平日の昼下がり、乗客は少ない。
「知ってる? ガラ空きの車内で、わざわざ人のすぐ隣に座る人を、昔『トナラー』って呼んでたんだって」
「それって、知らない人同士の話だろ。友達同士でも言うの?」
くだらない質問は無視した。
どこまでついてくるつもりなのか知らないけれど、関わるのは面倒だ。
どうぞご自由に――そんな気持ちで放っておくことにした。
「おじいさん、残念だったな……。えっと、ご愁傷様です、とか……なんとか言うのかな」
「……まぁ、もう年だったし」
門脇くんはもともと話が上手なタイプではない。 遠慮がちに言葉を選んでいる姿が、少し気の毒だった。
電車がカーブに差しかかり、スピードが落ちた瞬間、私はバランスを崩して門脇くんの肩に寄りかかった。
ガッシリした体つきはラガーマンらしく、大人の男性のようだった。
駅に着き、私は電車を降りて羽田へ向かう路線に乗り換えた。
門脇くんがどこまで来るつもりなのか知らないけれど、さすがに最後まではついて来られない。
今、言っておいた方が親切だと思った。
「私、今から北海道へ行くけど、門脇くんはどこまでついてくるの?」
「北海道!?」
驚いた声が車内に響いた。
門脇くんはICカードで乗車している。
適当なところで折り返した方がいい。
「北海道か……一人で行くの?」
私は頷いた。
門脇くんは財布の中身を確認している。
「ちょっとコンビニ寄って金下ろせば、なんとか行けるかも」
冗談きついな。 私は目を丸くし、眉間にしわを寄せた。
「ははは、無理だよ。飛行機予約してないでしょ?」
「そっか、飛行機か」
門脇くんは考え込む。 どの便か尋ねられたので、どうせついて来られないだろうと思い、素直に教えた。
門脇くんはスマホでいろいろ調べ始めた。
***
私一人におじいちゃんの面倒を見させてしまったことを、申し訳なく思ったのだろう。
姉は十万円を「好きに使え」と渡してくれた。
兄は学生だからと財布から五千円を出し、「仕送りの分際で」と言いながらも、ありがたくくれた。
親戚の叔父さんも、お葬式のときにお小遣いをくれた。
そのお金を合わせれば――北海道まで行ける。
姉も兄も、家を出て何も手伝えなかったことを気にしていた。
私が介護のために陸上部に入らなかったことも知っている。
それをずっと申し訳なく思っていたらしい。
でも私は、そこまで部活に執着していたわけじゃない。
足は速かったけれど、大学へ行けるほどではなかったし、タイムも落ちてきていた。
潮時だと自分でも思っていた。
だから、別に良かった。 気にすることなんて、何もないのに。
門脇くんは羽田までついてきた。 けれど道中、お互い一言も話さなかった。
私のリュックの中には、二泊三日の着替えと――『おじいちゃん』が入っていた。
納骨前に、骨壺からほんの少しだけ遺骨を取り、ビニール袋に入れて持ってきた。
今回の北海道行きの目的は、おじいちゃんを故郷の海へ還すことだった。
空港には何度か来たことがあるが、いつも親と一緒だった。
最後に来たのは小学二年生の頃で、記憶も曖昧だ。
ちゃんと搭乗できるだろうか。
緊張しながら掲示板で便名を確認し、チェックインカウンターへ向かう。
気づけば、いつの間にか門脇くんの姿が消えていた。
空港で引き返したのだろう。 胸を撫で下ろした。
さすがに本当に飛行機に乗るとは思っていなかったし、帰ってくれて良かった。
知らない場所で家族も友人もいない。 迷子にはなれない。
自分の責任で、ちゃんとカウンターを探さなければならない。
空港は、未知の世界だった。
スマホで調べれば何でも分かるこの時代に感謝する。
『初めての飛行機の乗り方』を検索しておいて良かった。
荷物を預け、あとはスタッフの指示に従うだけ。
思ったより簡単だった。
かなり早く着いたので、空港を見学することにした。
飛行機が飛び立つところを見てみたい。
第二ターミナル五階・展望デッキ。
東京湾を目の前に、ベイエリアから千葉の湾岸まで一望できる。
眼下には滑走路が広がり、飛行機が次々と離発着していく。
せっかく空港まで来たのだから、門脇くんも飛行機を見てから帰ればよかったのに。 そう思うと、声をかけなかったことを少し後悔した。
時間になり、私は飛行機に乗り込んだ。
席に座ると、緊張がふっと解け、急激に眠気が襲ってきた。
そっと目を閉じる。
さよなら、本土。
北海道
「な、なんで?……バカなの?」
信じられない。 私は半分キレながら、新千歳空港の到着口からJRの改札へ向かっていた。
横には――なぜか門脇くん。
「いくら? いくら使ったの、飛行機代!」
「三万ちょいぐらい」
高校生の三万円は大金だ。
あきれて物も言えないとは、このことだ。
門脇くんは初めての北海道だから絶対に引き返さないと言う。
「せっかく北海道に来たんだから、観光とかしたいし、札幌ラーメンとか食いたいし、できれば蟹とかイクラも……」
「そんなの知らないわよ!」
「じゃあ、とりあえずよく分からないから、伊藤さんについて行く」
「どうやって帰るの? お金はあるの、帰りの飛行機代!」
「一応、お年玉貯金をだな……十万でなんとかする」
ほんっと信じられない。
まず、同じ便に空席があったことが奇跡だ。
普通は三万円のチケットを見た時点で引くだろうに。
なぜ買ったのか、本気で理解できない。
「何で?……何でついてきたの?」
「いや……なんかお前、あ、伊藤さん。悲愴感漂ってたし。なんかあったらまずいかなと思って」
「なんかって何? たとえ何かがあったとしても、門脇くんには関係ないでしょ? ここから私がダッシュしたら、門脇くんなんて簡単に巻けるからね!」
「おれ、50メートル5秒台で走る。逃げようと思っても無理だぞ」
タイムの話じゃない!
私は深呼吸し、神経を落ち着かせた。
冷静にならなければ。
門脇くんは理由はどうあれ、ついてきてしまった。 ここで怒っても仕方ないし、彼は帰らないと言っている。
ならば、選択肢はひとつ。
「親御さんに電話して、『日曜日に帰る』って伝えて。 もしダメなら、このまま飛行機に乗って東京へ帰ってください。 嫌だとは言わせない。未成年なんだからね。 親の了承が得られたら、一緒に来てもいい」
門脇くんは「おう」と頷いた。
「……贅沢な旅行ではないけど、一応北海道まで来たんだから楽しまなきゃ損だから」
彼は私を心配してついてきたのだ。
駅で出会ってしまったのが運の尽きで、自分にも責任がある。
門脇くんはLINEで親に連絡しているようだった。
しばらくしてスマホの画面をこちらに向ける。
「日曜帰るのね了解!」
その文字が表示されていた。

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